眠りの南

正座したまま一時間眠れる、そんな主婦の、読み書きと猫の日々

 

 

 

 

 

 (眠って見た夢を素材に短い小説)

 

 

 

 

 

一寸の先の昏さに指を切る

 

 

 一秒前の踏み板もなし

 

 

  (標準語ではないので、わかりにくいところは、

 “フワッ”と理解していただければ……)

 

 ええんやって、お父ちゃん。うち、これまで働くのが嫌やと思たことなかったし、むしろ好きやしな。

 学校行ってる時は、あんまり勉強できんかったけど、なんとか高校出て、今のスーパーに正社員で雇てもらえて、それでもう十二年や。ほんま良かったと思てきたんで。

 そりゃ最初は、ぼんやりのうちのことやから、失敗して怒られて泣いたりしたけどな。

 今では、お歳暮商戦で雇うバイトの子らに仕事割り振るんも私の役目や。

 まあ、今でもたまあにミスすることもあるけど、自分でなんとか後始末できるしな。

 お父ちゃんは、よううちのこと、運が悪い子や言うてたけど、この仕事につけたいうこと考えたら、そんなでもなかったやろ。

 

 うん、たしかに、最初言うてたよりは長うかかったな、借金返し終わるの。

 でも、しょうがないわ。お父ちゃんはもともと体が弱あて、ようけ病気 もして、働けれん時もさいさいあったし。うちはまだ子供で、助けてあげれんかったしな。

 その頃できた借金がふくらんで、なかなか返し終わらんかったんやけん。

 うん、だから、うちが働いて借金返す手伝いしてきたんは当たり前なんよ。子供のうちがおったから、なおさら生活が苦しなって増えた借金なんやから。

  でも、もう終わりやな。来年からは貯金もできるな。生活の方は、お父ちゃんのお給料と、お母ちゃんのパートのお金があるから変わりなしやし。もちろん、うち給料から家に食費入れるよ。いや、食費やって。なんか、普通のOLさんみたいやん!だから、家の方は変わらんいうより楽になるで。

 

  それより、今度の日曜、あのお嬢さんの結婚式行くんやろ。お父ちゃんが持って行くお祝いのお金、うちからも少し出そうか?

 あのお嬢さんやったら、きれいな花嫁さんやろなあ。

 でも、あの時はびっくりしたわ。お父ちゃん、若うてきれいな人と喫茶店から出てくるんやもん。俺の友達の娘さんなんや、結婚式の招待状もろたんやあ言うて、嬉しそうに。

 うちもこれから結婚資金貯めるわ、ま、相手もおらんから、そんなに焦らんでもええわ、ゆっくりで。そう、うちはゆっくりなんよ。お父ちゃん、昔から言うてたもんなあ、お前は人より十年遅れとるって。

 え、うちがあのお嬢さんみたいに、きれいで頭のええ子やったら良かったのにって ?そしたら、ええ結婚相手が見つかったのにって?

 無理言わんといて、生まれ持ったもんが違うわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いらっしゃいませ……あ、父の友達の、娘さん、まあ、お買い物ですか。ええ、そうなんです、ここの進物コーナーで働いてるんです。そうですねえ、今はお歳暮のシーズンなのでバタバタしてます。あ、今度の日曜日、結婚式ですね、おめでとうございます。父も、はりきってスピーチの練習してるんですよ。……お昼ごはんですか、まだですけど、あ、ご一緒に?はい、向かいのパスタのお店、はい、わかりました、十五分位で行けます。」

 

 「どうもお待たせしてすみません。……あ、私もそれで、“今日のパスタ” で。……え、一度会いたかったって、私にですか?恥ずかしがりやだからって、父が……ええ、そうなんです、たしかに初対面の方は緊張するというか、ああ、仕事だとわりと平気になるんですよね、なんででしょう、商品の話しかしないからですかね?」

 今も実は、あがり気味やし。

 それにしても、近くで見てもきれいな人やなあ。その上、優しそうなしゃべり方で、上品な感じで。

 賢そう、って、実際賢いんやったわ。K大学卒やいうて、お父ちゃん言うてたわ。

 こういう人を才色兼備いうんやなあ。うちとはえらい違いや、うらやましいなあ、うちも、こんな風に生まれたかったなあ。

 「……え?あ、すみません、ちょっと、見とれ、いえ、なんでもないです、えっと、感謝、って父に……私にも?」

 

   ……このお嬢さんのお父さんて、体壊して、十年ぐらい前から入退院繰り返してるんや……それは、お父ちゃんから聞いてなかったな。だから、お嬢さんも行きたかった私立の中学や高校を諦めようとして……へえ、そういうことがあったんや。

 え、それを聞いたうちのお父ちゃんが援助を申し出た?

 それからずっと、このお嬢さんが大学出るまで援助して、嫁入り支度も応援したって?   お父ちゃん、借金返すの大変やったのに、そんなお金どこにあったんやろ?

 

 うちが、勉強嫌いやから大学には行きたくないって?

  結婚して自由がなくなるんも嫌やから、一生独身でいたいって?

  お父ちゃん、うちのこと、そんな風に話してたん?

 そんなん、嘘やん。

 そりゃ、このお嬢さんみたいにK大学は無理やけど、大学には行きたかった。

 結婚資金やって貯めたかったけど、家にお金無くて諦めてたんやん。

   お父ちゃん、いっつも「借金返し終わらんから、金出してくれ。」言うて。だけん、うち、ちょっとのお小遣いの他は、給料みんなお父ちゃんに渡してきた。

 それに、 お父ちゃんの勤めてる会社かて潰れかけや言うて、「また給料下がったわ、ボーナスもなくなったが。」ばっかり。

 うちもお母ちゃんも、節約、節約で、お父ちゃんを助けてきた。

 

 「……そうです。お父ちゃんの言うてた通りです。」

 うちの声、シーンとした声や。こんな声、自分でも初めて聞くなあ。

 「私がお父ちゃんの期待を裏切って、私の大学や結婚のために貯めてたお金を無駄にしてしもて。だから、そちらの援助にまわしたんです。うちも、その方がええんちゃうって、たしかに言いました。うちはうちで自立するから言うて。」

 なんでうちまで嘘ついてるんやろ?

 昔っから借金だらけの お父ちゃんに、うちの為に貯めてたお金なんかあったはずない。

 それ、うちの働いた給料やん。

 それと、お父ちゃんがうちの家に入れる生活費を削ってたぶんや。

 

  そんなホッとした顔せんといて、お嬢さん。

 まあ、するかな。もし、うちにちゃんと話が通ってなかったんやったら、いくらかでもお金を返さな思てたいうて、そんな心配せんでええようになったんやから。

 有名大学出て、せっかく大きな会社に入ったのに、そこで知りおうた人と結婚するからいうて半年で退社した?せっかく援助してもろてきたのに申し訳ないって、そう思うんやったら、いくら相手に専業主婦がええ言われたからいうて、寿退社なんてやめたらええやん。

 このすぐそばに、相手の両親に家建ててもろたんやって?ああ、知ってるわ、自転車で家帰る道沿いに最近建った、あの白いおしゃれな家やろ?

 昨日、妊娠もわかったって、ええこと続きで良かったなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 「ただいま、あ、お父ちゃん、もう帰ってたんや……あのな、今日、この前のお嬢さんに会うたで。……そう、今度の日曜に結婚式する人。何か話したかって?うちら家族に、新居に遊びに来て欲しい言うてたで。……行かんの?なんで?べつに、うち一人でも行くけど……なんよ、なんで行ったらいかんの?なに怒ってるん?」

  ……

 「変なお父ちゃんやなあ。うちや、ええお友達ができて、めちゃめちゃ嬉しわあ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青い船

 

 (眠って見た夢を素材に短い小説)

 

 

 

 

 この星は浮くか沈むか青き船

 

 無邪気なるかな果へ向かう身

 

 

 

 

 

 「まだ暗いねえ、お父さん。」

  港へと続く広い一本道を歩きながら、僕はお父さんの右手を握りしめた。

「冬だから、夜の明けるのが遅いんだよ。」

 知ってるよ、と笑おうとした。でも、こんな風にお父さんと話す日が今度はいつ来るかなと思うと泣きそうになる。

 

 この星のいろんなことを調べるために、船は港を出て行く。   国中から選ばれた優秀な人達を乗せて。

 その人達は星中を回って、バラバラになった本や、針金がいっぱい飛び出た箱や、引っ掻くと音を出す丸い円盤を見つけてきた。

 そうして、いろんなことがわかった。

 この星には、大きな島がいくつもあること。

 昔、この国だけじゃなく、たくさんの国があったこと。

 いろんな肌の色をした人達がいて、それぞれ違う言葉をしゃべっていたこと。

 空を、鳥のように飛べる乗り物があったこと。

 

 今朝港を出るのは、この星の一番端っこがどうなっているか、それを調査する十一回目の船。それに僕は選ばれて乗るんだ。他の大人の人達や、僕みたいな子供と一緒に。

 『僕はまだ十歳なのに、船に乗るのはなあぜ?』

 僕が聞くと、お父さんは、

『それは、お前が賢い子だからだよ。』

と言うんだ。

『学校でも、いつも一番に勉強ができたからね。走るのも早かったろう、お友達にも優しくしてあげていたって、先生もいつもほめていたよ。』

『僕、もっと勉強がしたいんだ。それに、病気のお母さんが良くなって、病院から退院してくるのを家で待ちたいよ。』

『勉強は船の中で大人の人に教えてもらえるんだよ。それにお母さんはどこにいたって、お前の幸せだけを祈っているからね。』

『でも……』

『船の中には子供が何人もいるそうだ。友達がいっぱいできるぞ。』 

 船の乗組員に選ばれるのは名誉なことだしねって、僕もそう思うけど。

 

 空が薄いオレンジ色から、濃いオレンジ色になって行く。

 港に停まっている大きな青い船が見えてきた。あれが僕の乗って行く船。そして、ここへ帰って来る船。

 船のそばに、もうたくさんの人が集まっている。

 僕は少しだけ元気が出てきた。 

  「お父さん、僕、珍しい物をいっぱい持って帰ってくるね!」

そう言って見上げると、お父さんの目が真っ赤だった。

「どうしたの!?お父さん!」

「……お前が泣くんじゃないかって、父さんや母さんと離れて寂しくて泣くんじゃないかって、そう思っただけだよ。」

 僕の目の中に涙があふれてくる。

 

 「この船に乗られるのですよね。」

 突然女の人の声がして、僕は振り向きざま大きな涙の粒を落としてしまった。

 見ると、コートを着た若い女の人と、その人に手を引かれた僕より少し年上らしい女の子が立っている。

 「ほら、言ったでしょう、お友達が次々到着するって。」

女の人は言いながら、女の子の頭に手を乗せた。

「では、その子も、うちの息子のように……」

「はい、他にも十三名の子供たちと参ります。私は、この子たちの世話係のうちの一人です。」

  女の人は、僕に右手を差し出した。

 僕は少し恥ずかしかったけれど、ちゃんと握手ができた。

「私が聞いていたよりも、子供の数が増えているようだが……」

「はい、急でしたけれど、人数を増やしました。」

 お父さんが女の人と話をしている間、僕は女の子と何度か目が合った。笑いかけようかと思ったけど、うまくいかない。

 でも、きっと仲良くなれるよね。

  

  船は港を出て、西へ西へと向かう。西へ行くしかない。なぜなら、これまで東や北や南の端を目指した船は、必ずひどい嵐にあって、乗組員の半分以上が犠牲になっていたから。

 西へ向かう船だけはいつも無事だった。ここまでは、僕もお父さんに聞いていた。ただ、西の端がどうなっているかは、なぜか誰もはっきりしたことを知らないのだった。この船に乗っても、やっぱり教えてもらえない。

 先に知ってしまうと 楽しみが減るからさ!子供たちの中には、そんなふうに言う子もいた。そうなんだろうか?不安に思うのは、僕が弱虫だから?

 

 星の端っこって、どんなだろう?

 陸があって、珍しい動物がいるんだろうか。それとも、単に海があって、行き止まりの壁みたいなものがあるんだろうか?

 星の端っこの記念に、何か持って帰れるものはあるかな。お父さんと、お母さんのおみやげに。 

 

  船が出発してから半年以上が過ぎた、風のない静かな夜だった。

  船長が、窓のない部屋に子供ばかりを集めて、

「明日の朝、この星の西の端に着く。」

と言った。

 ざわざわする子供達を静かにさせ、船長は続ける。

「なぜ君達をこの航海に連れて来たのかを、話しておかなければならない。」

  船長は 、毎年のようにこの海域に来ているのだと言った。

「一番端っこって、どうなってるんですか ?」

一人の子供が尋ねる。

「それは、わからないんだよ。」

船長が静かに言う。

 え、だって、船長は毎年来てるんじゃ……

「いつも気がつくと、帰りの船を走らせているんだ、私達が出発したあの港へと。確かに西の端に着いたはずなんだよ、だが覚えているのはそれだけだ。何度来てもね。」    僕たちは意味がわからず、ぽかんとしていた。

「私だけじゃない、他の乗組員もだ。ただ一人を除いて……四回目の航海に乗っていた一人の子供を除いて。」

  子供……

「その子は、まだ十歳にも満たない女の子だった。その航海の乗組員の子供で、母親を亡くしたばかりだった。父親からしか食事を摂らなくなっていて、それで、特例で乗船を許可された。もちろん危険を考えて、一切甲板には出さなかったが。あの朝、西の端についた朝、いつのまにか甲板に出て来ていたんだ。」

「その子は、西の端で何を見たんですか!?」

「それは答えられない。君たちは子供で影響を受けやすい。その子に引きずられて、同じものを見たと思い込むとも限らないしね。」

  僕はどんどん怖くなってきた。

 「さあ、皆、そんな泣きそうな顔をしないんだよ、大丈夫。これまで西の端に行って、無事に帰れなかった者はいないんだからね。ただ、これで、この航海へ君達に来てもらったのがなぜなのか、わかってもらえたね。これまで運行した調査船十回とも大人ではだめだった。何を見ても覚えていられない。君たちの記憶が頼りなんだ。」

  僕達は、船長に少し眠るように言われた。でも、子供達のおしゃべりは、期待と怯えを膨らませて、止むことはなかった。

 

  時計が朝の来たことを知らせる。朝が来れば迎えに来ると言った船長は来ない。

 一人の男の子がドアを開け、皆で階段を上る。

 甲板に出た僕等が見たものは、たくさんの雲らしきものだった。どこを見ても真っ白でフワフワした雲に、海も、空も覆い尽くされている。

 「 なんだ、端っこにあるのって、雲だけじゃないか!」 

 がっかりして騒ぎ出す僕達。

 でも、僕はほっとしていた。何か怖いものを見るんじゃないかとドキドキしてたから。

 それに、これで、おとうさんとお母さんの所に帰れる。

 

  その時、右目の端で雲が動いた。

 そっちを見ると、雲がどんどん左右に分かれて行く。

  何?何が!?

 雲の中から現れたのは…… 

 

  僕の何十倍もあるような、僕の、顔。

  何、鏡?大きく映る鏡?

 でもなんで、鏡がこんな所に?

 固まって動けない僕をじっと見る僕の目。

 その時、大きな僕の顔がグシャッと歪んだ。

  笑ったんだと思う。

 あとは、知らない。