眠りの南

正座したまま一時間眠れる、そんな主婦の、読み書きと猫の日々

年越しの箱庭

 

年末年始もとうに過ぎましたね。

この間、世間一般と比べて特に忙しい自分でもなかったのですが、でも、気ぜわしい日々でした。

いつもと違う時間の流れの中では、普段通りのことも、

その時だけのことも、結局何にも手につきません。

その時その時、臨機応変に隙間時間で何かをするという

ことは、私には難易度が高いのです。

先月は、このブログも更新できなかったし。

という言い訳をしつつ……今頃、新年のお話です。

 

 

 

 

 (眠ってみた夢を素材に短い小説)

 

 

 

 

 新しき天張れ今や昨日を

古と呼ぶ時の来たりて

  

 

 新しい年がやって来ます。

この、何一つ醜いものとてない世界にも。

美しい上に、新しいを重ねるのですね。

 

夜空の星は凍っている。

茶色のレンガの敷かれた道に残る雪。

行き着くのは、白い木の柵に囲まれた、茶色の壁の家。

小さなその家の窓は丸い形、壁と似た色の屋根は三角形。

この家の女主人と二人で、今夜は新しい年を迎えるの

です。

 

暖炉のある居間は暖かい。

テーブルの上の幸せは、薄い紅色の花と、柔らかな緑の葉が描かれたティーカップ

茶の湯気、甘酸っぱいジャムのつまった、しっとりと

した生地のケーキ。

窓辺のさびた鳥かごの中のドライフラワー

 

『昔々に見た春の一面の花畑。

ピンクと白と黄色、濃く、薄く……

午前中の澄んだ明るい空と空気。』

 

『夏の海の地平線のあたり。

真っ白な雲と青空の、はっきりとした境目。

海の冷たさ、砂の熱さ。』

 

『秋は金色の葉を降らせる木々。

森の小径の冷んやりとした外気。

そして、高い所から見た黄昏……紺色と紅色の侵食しあう空。

星たちが、どれほどくっきりと近く迫ったか。』

 

ねえ、見て。

どの思い出の風景も 、両の手のひらに乗る箱の中に

あるわ。

いくつもの箱庭の中の緻密さ、美しさ。

でも切ないのは、二度と本当には手に入らないものたちだと知っているから。

 

悲しい顔はしないで。

今日は一年最後の日。

箱庭の天幕を張り替えましょう。

 

明るい水色の春の空に、柔らかな黄色のお日さま。

鮮やかな青い夏の空に、真っ白な雲。

紫が移り変わって行く秋の空に、銀色に輝く星座。

 

新しい年が来る、

新しい空を張る。

その下の風景が、いつまでも、このままあれますように。

朽ちて崩れて、吹いてくる時にさらわれてしまいません

ように。

 

……今、新しい年が来たわ、

私たちの天幕も新しくなったの。

年越しの箱庭の世界。

私と、この家の女主人、二人のくつろぐ居間。 

 

私たちの天幕を張り替えてくれたのは誰。

その白い指でしょう。

息をひそめるあなたでしょう。

 

それならあなたのいる箱庭の天幕は、誰が張り替えて

くれるの。

軽いため息をつきながら、三日月を灯してくれるのは誰。

 

みんな誰かの箱庭の住人。

ただ、歩いても歩いても、道はどこまでも続き、森は深くなるばかり。

止まったはずの時の中に住みながら、今日の幸せの数えて永い。

 

何重にも重なって行く箱庭の、そちらのあなたは何番目にいらっしゃいますか。