眠りの南

正座したまま一時間眠れる、そんな主婦の、読み書きと猫の日々

つの

 

 

 

節分前にこれを書き始め、気がつくと四月。

今や節分どころか冬も終わってしまいました。

他で書いている二つのブログも、当然のように放置中。

あれ、私 この三か月ほど何してましたっけ?

思い浮かぶのは、コタツで眠りこける自分の姿ばかり。

冬はダメだなあ、冬は。特に夜十時頃になると記憶が途切れてしまう。

でも、ほんとは春から秋もダメ。早朝から深夜までダメ。

そんなこんなしているうちに、なんと明日から新しい元号に、新しい時代に!!

もう、大慌てですよ。こんな自分で平成を終わらなければならないことに。

私の平成は後悔と反省の山脈ですね。(あ、昭和もか……)

令和は、令和こそ、後悔のないように生きたい。

反省は仕方ない。私のことだから、きっと失敗ばっかりするんだろうし。

でも、後悔はしたくない。

『思っていることを言っておけばよかった、

考えていることを行動に移せばよかった。』

もう飽きました、そんな想いは。

前置きが長くなりましたが、久しぶりに小説の更新です。

令和はもっと更新もがんばりますので、皆さま、よろしくお願いします。

 

 

  

 

 (眠って見た夢を素材に短い小説)

 

 

 

鬼さんとにらめっこしましょ今ここで

勝ったら金の鬼のツノあげる

 

 

  今日は、出がけにあまり手間取らなかった。

 こたつ、三つのエアコン、台所とお風呂のガス、大丈夫。

 窓の鍵は全部確認したし、どこの電気も消えていたし、水道はどれも止まっていた。

 いつも通り 家中を順番に見回ったのだもの、今日はいつもより少なくて三回だけど。でも、三回見ているうちに、見落としには絶対に気付くはず。 

 それに、ガスは重大だから三回見回った後で、また三回ずつ見ておいた。

 そう、そして最後は玄関の鍵。かけたから、ちゃんと。かけて、確認したから。

 ドアノブを右に回して押す。左に回して押す。右に回して引っ張る。左に回して引っ張る。開かない、よし。玄関ドア一回の確認につき四つの動作を繰り返すこと三回。いつも通り。

 その時、主人が、

「おい、まだか。」

と、車から呼びに来て、何回玄関ドアを確認したかわからなくなった。たぶん三回まで終わっていたから、四つの動作をあと二回した。

 「もう大丈夫だよ。」

と主人に言われながら……

 

  「着いたぞ。」

 スーパーの駐車場に車が停まったことなんて言われなくてもわかってる。なのに、どうして!?

 「どうして話しかけるの!?」

「どうしてって、スーパーに着いたから。」

運転席で主人がぽかんとしている。 

「私が、私がね、こういう風に両手をぎゅって握ってる時は、確認したことをもう一回頭の中で確認し直してるから、話しかけられたらわからなくなるから話しかけないでって、いつも言ってるでしょ!?」

私らしくもない大きな声で。

「確認て、どうせ家の戸締りだろ。だから俺が戸締りするって言ってるのに。」

「あなたはちゃんと確認してくれないじゃない。」

「二時間もしないうちに家に帰るんだから大丈夫だって。」

イライラした声を出し始める主人。

「もし、私たちがいないうちに火事になったらどうするの?空き巣に入られたら?」

「火事はともかく、空き巣に取られるようなものなんて何もないだろ……もう、これからは俺だけが買い物に来るから、お前は家にいろ。」

「いやよ、あなた前にパンを買ってきた時に袋が少し汚れてたでしょ。そんなことのないように、私がちゃんと確認しなきゃ。」

  主人は、フッと憐れむような表情をした。

「お前、前はそんなんじゃなかっただろ、どうしたんだよ。」

「……」

 結婚して十年、私は絵に描いたような呑気な専業主婦だった。

 「やっぱり、去年実家のお父さんが亡くなったのが……」 

「関係ないわ、厳しいばっかりで嫌いだったもの、お父さんのことは。」

 でも、口うるさい父に一切逆らわなかったおとなしい私は、兄弟の中でも特に可愛がられていたと、今も実家の母は話すけれど。

 

 頭の中の戸締りや火の元の確認を中途半端にしたまま、主人とスーパーに入る。

 賑やかな店内の音楽、人のざわめき……歩きながら、なんとか頭の中を整理しようとするが難しい。

 ガチャッと、押していたカートが何かにぶつかる。

「ごめんなさいね。」

そう言いながら、やっぱりカートを押したおばあさんがすれ違って行く。

 すれ違って、一歩、二歩、あ……

 振り向くと、食品売り場の買い物客の中をおばあさんが歩いて行く。

 大丈夫だったろうか、今、私のカートとぶつかって。

 おばあさんを見送る私。小さくなって行く背中、あの人、だよね?

「大丈夫、何もないって。」

 ぶつかってケガをしたのではないかと心配する私の心を、毎度のことで主人が推測して言う。

「……私、ちょっと確認してくる。」

 私は、とめる主人にカートを押し付け、おばあさんの後を追う。

 私のカートとぶつかった時に、舌をかんだりしてない?足首を挫いたりしてない?指先をぶつけて痛めたのではない?

 私の知らない所で、ひどいことが起きているのではないの?

 ……いない。

 広告の入った直後の日曜日。大型のスーパーはいつにも増して客が多い。紛れてしまったおばあさんは見つからない。

 どうしよう、おばあさん。

 どうしよう、私。

 

 ふらふらと、主人と別れたスーパーの入り口付近に帰って来ると、主人の姿はない。怒ってるだろうな、早く探さなくちゃ。

 それに、家の戸締り、火の元の確認の確認がまだ。

 それに、それに、今苦しんでいるかもしれないおばあさん。 

 「はい、ではこちらのお客様までで締め切らせていただきます!」

 ふいに甲高い女性の声がして、肩を軽く押される。

 え!?

 見ると、私の前に十人程が一列に並んでいる。

 その先には長机が置かれ、こちらを向いて赤鬼が座っている。正確には、モジャモジャの赤いカツラに金のツノをつけ、顔を赤く塗り、首から下は真っ赤な鬼の着ぐるみを着た男の人が。

「え、これって……」

戸惑う私に、青鬼の着ぐるみの女性が、

「すみません、節分イベントの参加希望者かと……」

と、頭を下げる。

「赤鬼とにらめっこして笑ったら負けで、参加賞のお菓子。笑わなかったら勝ちで、お菓子プラス鬼のツノ付き毛糸の帽子を差し上げてます。この回で今日は最後なので、どうぞ勝負してみてくださいね。」

 ニコニコと笑いかけられて、私は力なく列の最後に並ぶ。

にらめっこ……それどころじゃないのに。

 主人はどこにいるんだろう?

 あのおばあさんは?

 家は、今、大丈夫だろうか?ああ、いっそ火事になるならなってもかまわない。本当に火事になることよりも、私がちゃんと火の元を確認できたかどうかの方がだいじなのよ!

 手段のためには、手段のためには、目的なんて選んでられない!

 

 「はいどうぞ!最後の挑戦者です!」

青鬼の司会女性に促されて椅子に座り、机を挟んで赤鬼と向かい合う。

「ガンバレー」

 周囲から声がかかる。

 ああ、見物人もいるんだ。恥ずかしい。人前に出るなんて大の苦手なのに。

 赤鬼は無表情だ。何歳ぐらいだろう、若くも、歳をとっても見える。じっと私を見ている大きな目。

 「はい、それでは始めますよー赤鬼さん、先攻です!にらめっこしましょ、笑うと負けよ、アップップ!」

司会者の 節をつけた声が響く。

 赤鬼は目をむき、舌を出す。これで私が笑えば勝負がつく。早く終わらせるためにも笑おう。そして、さっきのおばあさんと主人を探しに行くんだ。 

  ……笑えない、顔がこわばってしまっている。

 「はい、それでは挑戦者さんの番です!はい、にらめっこしましょ、笑うと負けよ、アップップ!」

 何?私?何をすればいいの?目の前の無表情の赤鬼に。

 「おっと、真顔で笑わせる作戦ですかあ?次は赤鬼さん、がんばってくださいよ!」

 私は、笑うことも、笑わせることもできずに固まっている。

 赤鬼は自分の番になると、両手で頰を持ち上げたり、白目になったり、口を思いっきりとがらせたりしていた。

 でも、赤鬼自身が笑うことはない。勝負はつかない。

 この人が笑ってくれればいいのに。そうしたら、私は解放されるのに。自分の不安を回収しに行けるのに。

 どうして笑わないのかと思ってるの?それはこっちのセリフよ、早く笑ってよ、私を助けてよ。

 

 (本当に急ぐのに間に合わない。お前はこんなこともサッとできないんだな、いったい何歳なんだ、情けない)

 よくお父さんに言われてたな。その通りだ、こんな時に少し笑うだけのこともできない。

 でも、私、努力してできるようになったこともあるよ、料理だって、結婚した頃は全然できなかったけど、今じゃ……

  (そんなことを言ってるんじゃないんだ、その人の持っている能力、根っこ!お前は常に気を引き締めておかないと、いつかとんでもないことをしでかすぞ!取り返しのつかないことを!)

 お父さん、ごめんなさい、私……

 

 ……この赤鬼、お父さんに似てる?……違う、似てない、こんな顔じゃなかった。

 でも、なんだろう、誰かに似ているような……

 このぎょろりとした目、朱い頰、何か言いたそうな口もと……

 ……私?やだ、いつまでたっても勝負がつかないからって、鏡を置かれた!?私がぼんやりしているうちに?自分とにらめっこしろって?笑えない、ますます笑えない、笑えるわけないでしょ、自分の顔を見て、どうして笑えるの?

 むしろ腹がたつ!あなたのおかげで、私は毎日大変なのよ。いろんなことが不安になって、それを確認して。確認できるものはいいわ、確認できないものは主人に聞いてもらって大丈夫だと言ってもらうまで不安でたまらない。違う、主人に大丈夫と言ってもらっても、本当は安心できていない。安心できる証拠がないのに、安心できるわけがない。不安の種が私の中に積もってゆくばかり。

 どうしよう、少しでも気をぬくと、世界中が頭の上に崩れ落ちてきそう。あなたのせいで、そう、自分のせいで……消えて、もう消えて、私を救えない私なんていらないの、弱い私、不安な私はいらない。欲しいのは、欲しいのは、誰よりも何よりも強い私!

 人外の力で 全てをなぎ倒し、焼き尽くす。世界が二度と私を不安にさせないように!

 

 「はい、挑戦者の勝ちでーす!」

 突然声がして、頭に柔らかいものがかぶせられる。

  目の前には爆笑している赤鬼。

  いったい何が……

「真顔作戦の勝利です!」

 何、にらめっこに勝ったの、私が?

 司会者からかぶせられた賞品の毛糸の帽子をかぶったまま、参加賞のお菓子の詰め合わせの小さな袋を持って、よろよろと通路に出る。見ると、笑った顔の主人がいた。

 「なんでイベントとかに参加してるんだよ。」

「なんか、成り行きで……」

「おばあさん、探しに行ったんじゃなかったんだ。」

「行った、でも見つからなくて……でももういいの、怪我なんてしてるわけないし。」

「お、前向きー。じゃあ、戸締りのこと悩んでたのは?」

「大丈夫、ちゃんと見てきたんだから。」

いつもの 不安感がない。

「やっぱり家の中ばっかりにいないで、こういうとこ来て気分転換した方がいいんだな。」

 嬉しそうに主人が言う。

 気分転換?違うよ。さっきのにらめっこで、私は自分に勝ったんだ。なんだか途中から疲れて夢を見てたみたいだけど、でも、自分の中の弱い私を追い出したんだ!

 自然と笑みがこぼれる。こんな風に笑うのはいつ以来だろう。

 

 カートを主人から受け取り、さっきもらったお菓子の袋をカゴに入れて歩き出す。

 右斜め前から十歳位の男の子が走って来るのに気付く。右手にはソフトクリームを握っている。

 あ、まずい、この子、ちゃん前を見てない、まさか、私にぶつかって……衝撃を受けたと思った瞬間、男の子の持っていたソフトクリームは黄色いコーンだけになっていた。そして、私のはいていた薄茶と濃いグリーンのチェックのロングスカートには、真っ白なクリームがたっぷりついていた。

  何、これ……急には言葉が出てこない。男の子と目が合うと、その子はびっくりしたような顔のまま向こうへと走り出す。

 「待ちなさい!」

 走るのが遅い私だが、なんとか男の子に追いつき、左の手首を掴む。

 「ごめんなさいは!?」

周りに人がいるのもかまわず大きな声を出す。

 「離せよ!」

  小学生だろうに力が強い。

 振りほどかれそうになるのを必死で食い止め、

「ごめんなさいは!?」

と繰り返す。

「おい、何やってんだ!?」

 人をかき分けやって来た主人が、私と男の子を引き離す。

「大丈夫?痛くない?」

優しくそう言い、現れた男の子の母親に謝っている。

 「どうして謝るの?向こうが悪い……」

言い募る私を引っ張り、その場を離れる。

 「お前、怪我でもさせたらどうするんだよ!」

「あっちが悪いのよ!」

「それでもだ!どうしたんだよ、いっつも人とすれ違うたびに怪我させたんじゃないかって心配してるお前が!」

 ああ、そういう私もいたわねえ。昔別れたきりの知人を思い出すような気分がした。

 

 「とにかく、今日はもう帰ろう。」

 そう言う主人について、しぶしぶスーパーを出て車へと歩く。

 来た時よりも、だいぶ風が強くなっている。

「帽子、飛ばされないようにな。」

私を振り返り、主人が言う。

「また、自分の落とした物のせいで、誰かが足をとられて転んで怪我したらどうしよう?とか心配しだすんだから。」

「そんなこと、もう言わない。」

 それに、この帽子、脱げない。

 天辺についた黄色いフェルト製の一本角を掴んで引っ張るのだけれど、どんなに力を入れても頭皮がメリメリ帽子に持って行かれて痛いばかり。

 おまけに頭頂部に冷たく重いものが食い込む感じがする。

 「ねえ、これ……」

 私は自分の泣き声を覚悟した。

 けれど聞こえてきたのは高らかな笑い声で、たぶん私の声だった。