宿舎
(眠って見た夢を素材に、短い小説)
“ふわふわさん”と呼ばれていたの。
本当に、ふわふわした女の子だったわ、私。
末っ子で、家で甘やかされて育てられた。
学校でも、友達がよく面倒を見てくれた。
大好きな彼氏も、私の世話をするのが好きって言っていた。
でも、もう“ふわふわさん”じゃいられない。
私は、軍人になったのだから。
突然、自分の国と、遠い国とで始まった戦争。
高校の卒業式で行われた、くじ引き。それに当たって、軍人になってしまった。拒否権はなかった。
他にも、くじに当たった子達が、何人かいた。皆、どの部隊にいるんだろう。
軍隊の訓練は厳しかった。女性ばかりで、毎日、朝から晩まで走ったり、斜面を登ったり、くたくただわ。
あまり運動が得意じゃない私の成績はひどいものよ。
宿舎に帰っても自由じゃない。食事も、お風呂も、時間が決められていて、ちっともゆっくりできやしない。
おまけに、外出もできない。買い物にも行けない。
面会に来てもらって、自由に人とも会えない。
電話やパソコンも使えない。
軍隊って、こんなに不自由な所じゃないはず!
もっと自由なはずよ!
何かおかしい。
早く戦争が終わらないかなあ。
そしたら、また、“ふわふわさん”に戻るんだ。
「ねえ、お願い。」
って言って、何でも望みを叶えてもらうの。
楽しみだなあ。
厳しかった夏が過ぎて、秋も終わりに近い。軍人になってから、もう半年以上だわ。
戦争、なかなか終わらないのね。
そういえば今日は、大事な発表があるって聞いたわ。何だろう。
集まった私達に向かって、位の高そうな男性の軍人さんが告げる。
「今から名前を呼ぶ者は、他の部隊と合同の選考会に出てもらう。」
何の選考会かは、教えてもらえなかった。
部隊でたった一人選ばれた私にも。
不安。
選考会の会場に向かうため、乗り込まされた暗い緑色のバス。
中は女性でいっぱい。
「今日は、いろんな所で選考会なんですって。もちろん男の人も。」
会話が聞こえてくる。
いったい、何の選考会なの。
もしかして、戦地に送られるんじゃ!?
でも、私みたいな、訓練の成績の悪い子が?
バスが着いたのは、山に囲まれた広い広い運動場のような所だった。
その運動場のいたるところに、直径十五センチ位の穴が、極浅く掘ってある。そして、そこに置かれた白いカード。
私の部隊で選考会の話をした軍人が言う。
「諸君、自分の名前が書かれたカードを探すのだ。そして、その穴を掘って行きなさい。問題の書かれた用紙が出てくるたびに、解いていくのだ。」
え、計算問題?私、数学、苦手なのに。
こんな時に彼氏がいてくれたら。数学得意だったのに。
たくさんのカードの中から、やっと自分の名前を探し出し、スコップも与えられずに穴を掘り始める。
一枚目の問題。
〈自分の希望を叶えない恋人に重傷を負わせたことを認めますか〉
何、これ。
二枚目の問題。
〈自分の希望を叶えない友人に重傷を負わせたことを認めますか〉
……
三枚目の問題。
〈自分の希望を叶えない両親に重傷を……〉
問題は、解いても間に合わないものばかり。
…戦争は終わったのか、続いているのか…
ここは、軍隊の宿舎ではなかったのですね。変だと思っていましたよ。
…問題用紙はどこかに消えたけれど、考えることはわかりました…
さあ、今日もまた、ここでの生活を始めましょう。