眠りの南

正座したまま一時間眠れる、そんな主婦の、読み書きと猫の日々

ずるい

 パソコンが壊れました。

今も壊れています。

このブログを再開して二回投稿した途端、なぜか動かなくなった私のパソコン。

今は、やっとタブレットを用意して、

慣れないなかポツポツうっています。

 

 

(眠って見た夢を素材に短い小説)

 

 

幹につく傷もかまわず登りだす

君を見上げて悔しくて我

 

 

  お母さんが怒ってもしょうがない。

  俊太ったら、わがままばかり言うんだもの。

「アイス食べたい、アイス!」

 いくら日曜だからって、もうすぐ夏休みだからって、なんで朝ごはんからアイス?

「絶対食べる、食べたいよー!」

 

「お母さんの言うこときけない子は出て行きなさい!」

 ほらね。

 俊太が泣きながら玄関を出て行って五分たった頃。

 「あの、お母さ……」

おそるおそる、お母さんに声をかけようとしたら…

 「奈美!」

お母さんが私の名前を呼ぶ、叫ぶ?

「あんた、どうして俊太を探しに行かないの!?」

  いや、行こうかって言おうとして……

「ほんとにあんたって、いっつも言われないと探しに行かない!弟がかわいくないの!?」

 

  そうして、半泣きの私が弟を探しに行く。いつもと一緒だ。

 団地の三階から階段を下りて、ちっちゃな公園で俊太を見つけられずに、そのまま 畑の右側の道を歩く。

 あ、曲がり角にのら猫、前にも見た猫だ、茶色のトラ柄。逃げないで、こっちにおいで。

 

 「おーい!奈美!」

 私が立ち止まっている猫にそろそろ近よっていると、お兄ちゃんの声がした。 見ると、私の来た方角から、手を振りながらお兄ちゃんが駆けて来る。

 「お兄ちゃん、どこ行ってたの!私また、お母さんに一人で怒られたんだよ!」

「悪い、悪い。」

「ほんとに、お兄ちゃんてずるいんだから!」

 怒る私にヘラヘラ笑うお兄ちゃん。

 二つ上の小学六年生だけど、背は私と同じ位。

 

 「俊太も二年生になって足が速くなって見つかりゃしない。」

 私がブツクサ言うと、お兄ちゃん、

「よし、あの上から探してやるよ。」

と、畑と反対側の空き地に立っている木に駆けよる。そして、太い枝に手をかけ足をかけ登り始める。

 「危なくないのー!」

 それほど高い木ではないけど。枝はがっしりと横に広がり、上に伸び、葉っぱの間から お兄ちゃんの日焼けした足が見えている。

 「俊太いる!?」

お兄ちゃんを見上げて、大きな声で聞く。

「いないなあ、あ、猫いるぞ、猫!……もう一匹いた、黒い猫!

「猫じゃなくて、俊太!」

「……いた!俊太いた!こっちに来る。」

 

 「俊太、どこ行ってたの!?」

 俊太はもう泣いてなくて、手には水色のソーダバーを持っている。

「どうしたの、それ。」

「学校の友達の家の前通ったら、庭で食べてたから半分もらった。」

「もう!帰るよ!あんたのおかげで私まで怒られたんだからね。お母さん、昨日からずっと機嫌悪いの知ってたでしょ。なのに、わがままばっかり言って。」

 

 「お父さんがなかなか家に帰って来ないからね。」

 お兄ちゃんが言う。

「お金を持ってないから帰って来れないんだよ。」

「どうしてお金を持ってないんだろう。」

お父さんはちゃんと働いてるはずなのに。

「いろいろあるんだよ、大人はさ。」

「……お母さんもだよね、この前泣いてたし。」

「いつ?」

「夜中に目が覚めたら、お母さんが泣いてるのが聞こえたの。それから台所でやかんに水を入れる音がした、ジャーッって……私、どうしようって思って、ぎゅーって目を閉じて、そしたら白いグチャグチャと、黒いグチャグチャがいっぱい見えて気持ち悪かった。」

「そうかあ。」

「お兄ちゃん、あの時も寝てて起きてくれなかったね。」

「え……」

「ほんとにずるいんだから。いざっていう時には逃げてることが多いよ!」

「悪い、ほんと。」

 

  その日、家に帰ると、お母さんはもう怒ってなかった。

 そして、お父さんがいた。何日ぶりかに。 

 

 夕ご飯がエビフライ(しかも一人三つずつ)ということは、お父さん、やっぱりお金を持って帰ったのかなあ。

 「子どもが多かったら、三つずつもエビフライ食べられないんだからね。二人きょうだいだから、食べられるんだよ。」

と、お母さん。

「じゃあ、もし僕のお兄ちゃんが生まれてたら、エビフライ幾つずつ?」

俊太の問いに、お母さんが答える。

「お兄ちゃんを流産しなかったら、そうだねえ、いや、やっぱり三つずつだね。」

「どうして?」

「だって、もしお兄ちゃんが産まれてたら、奈美か俊太かどっちかがいないもの。」

「えー、どっち、どっちがいないの?」

「そりゃまあ、生まれるはずだった子に年の近い奈美だろうね。」

  俊太、その話はもう何度もしてるよ、俊太は小さいから、すぐ忘れちゃうんだね。

 お兄ちゃんは、私にピッタリくっついて話を聞いている。時々、私の肩にもたれかかってくる。

 

 夜眠る時も、お兄ちゃんはどこかに行ったりせず、先に眠ったりもしないで、私のそばにいてくれた。

 また夜中に目が覚めて、お母さんが泣いてたらどうしよう。お父さん、さっきまた出かけちゃったし。

 私は、お父さんがいない方がいいけどね。だって、お茶やご飯をこぼすとすごく怒るんだもの。お父さんが怒ると、お母さんが怒るよりずっと恐い。

 でも、お母さんが泣くのが何より一番恐いの。

 『大丈夫、俺、ずっと起きてるから。もし奈美が起きそうになったら、手で目を閉じてやるよ。』

ほんと?

『ほんと。だから安心して寝なよ。』

わかった、おやすみ。

『おやすみ。』

 

 私のお兄ちゃんはずるいお兄ちゃんです。

 お父さんやお母さんに怒られるのが嫌で、生まれて来るのをやめたって言ってました。

 でも、代わりに私が怒られてるのを見て、悪かったなあと思って、私にだけ姿を見せて、話しをしてくれるようになったそうです。

 お父さんに怒られてる時。

 お母さんに、

「大人はこんなにつらいんだ、子どものあんたなんかにはわかりゃしないんだ。」

と、言われてる時。

 お兄ちゃんが一緒にいてくれるおかげで、だいぶ悲しいのが減る気がします。

 ただ、時々どこかに行ってたり、眠ってたりして逃げてしまう、ずるいお兄ちゃんになります。これからは、そういうことはやめてほしいです。

 わかった?お兄ちゃん。

『わかったよ。』

 

 

 

 

 

 

 

走り去る夢

 

 (眠って見た夢を素材に、短い小説)

 

 数多ある未来に向かい走り去る

 君の名前に旗を振りたり

 

 

  味方の陣地まで、あと100メートル余り。

 電波の異常か、この二日間味方と連絡がつかない。

 

 「あっちも二人だな、街道からずっと追いてきた奴らだ。」

 隊長が木のコンテナの陰から、左前方のレンガ塀のあたりをうかがう。

 「一刻も早く帰って、このデータを送信しなけりゃならん。よし、お前は撃つことを考えるな、とにかく走れ。」

「え、でも……」

「なんて顔してるんだ、俺の腕を信じろ。とにかく走って陣地に飛び込め。」

 

 隊長に言われるがまま、幾つかあるコンテナの隙間を必死で走る。

 後ろで銃を撃ち合う音が響く。

 速く、もっと速く走らないと、隊長が……

 

 味方の陣地の入り口が近づいてくる。

 「ハル!」

 こちらに気付いた仲間が何人も、腕を大きく回している。

 

 ハル!

 名前を呼ばれ、はっとして顔を上げる。

 「さすがに今回は、夕飯を食べながら寝るほど疲れたか。」

 隊長がスプーンを持ったまま、いつも鋭い目を少しだけ緩めて、テーブルの向こうからこちらを見ている。

 「いえ、寝てなどいません。」

「そうか、お前はタフだものな。走る速さといい、男並だ。」

「光栄です。」

「今まで通り、これからも頼んだぞ。偵察は男女のペアが怪しまれなくていい。」

「はい。」

「それと、髪を少し伸ばせ。」

「髪、ですか?」

自分のショートカットの頭に手をやる。柔らかな髪が手に触る。

「その方が一般人らしいからな。」

「でも、規定では……」

長い髪は禁止のはずだった。

「かまわん、俺が許可する。」

 

  夜、六人部屋の固いベッドに入っても、興奮しているせいか眠気は訪れなかった。疲れているはずなのに。

 諦めて部屋を出て、廊下の先の小さな窓から外を見る。わずかな灯りの中、当番の仲間が裏口の警備にあたっている。

 

 走るのが速い、か。こんなところで役に立つなんてね。

 もうすぐ二十歳なのに、そんなにバタバタ走り回って、って、母さんに怒られていたのがもう三年も前だ。

 私が十歳の時に父さんが死んでから、ずっと二人で頑張ってきたのに、母さん。

 「私が死んだらお前はどうなるんだろう、内戦中のこの国で、財産も、頼れる身内もいないのに。」

 ベッドに寝たままの母さん、最後まで私のことを心配してた。

  結局、隣に住んでいた男のつてで、この軍に入った。

 内戦の続くこの国で、やっぱりそれが……

 

 「ハル。」

 後ろから声をかけられ、振り向くとモカが笑っている。

 この陣地の中で一番親しくしている同僚。女の子らしい、かわいい子。

 「今日は大変だったね。」

「まあ、でも、隊長が一緒だったから。」

「そうなんだよね、そこだけはうらやましい。」

 モカは隊長を敬慕している。

 「ね、隊長の事、何か話して。」

 隊長に片恋をしているモカ

 故郷に奥様のいる隊長。

 かわいそうなモカ

 「少しだけだよ、もう就寝時刻過ぎてるんだから。」

「わかった。」

 そして、私は、一緒に行動をしている時の隊長のことを話す。どれほど勇気と決断力があって、常に冷静に智恵を働かせるかを。

 話しているうちに、私は嬉しくなってくる、自慢している気持ちになる。

 モカが、私をじっと見る。隊長の話を聞く時のモカは、薔薇色の頬をして、じーっと、じーっと私を見る。今、ここにはいない隊長を見ている。

 

 いい香に包まれている。

 何の香だろうと考えている自分は、どうやらテーブルにうつ伏せて眠ってしまっているようだ。

 しまった、今何時だろう。

 顔を上げると、あたりは光と薄いピンクの薔薇に満ちていた。

 庭?きれいに手入れされている。でも、どこだろう?

 椅子から立ち上がると、ふらりと後ろに倒れそうになる。

 「まだ目が覚めてないのか?」

 後ろから支えられ、笑いながら問われる。

 見上げると。

 「隊長!」

 「おい、今更その呼び方は……」

 ……そうだ、内戦は、もう十年以上も前に終わったんだった。

 こちら側の勝利で。

 今は平和で、人の暮らしは豊かで……

 自分の着ているドレスの裾を手に取ってみる。薄い生地を何枚も重ねた蜂蜜色のドレープ。

 そして、肩を越して揺れる巻き髪。

 私は、隊長の奥様。

 「私、夢を見ていたわ。内戦中に、あなたの部下になってるの。足が速くて、あなたに誉められて喜んでるのよ。」

「ああ、そういえば足の速い奴がいたな、男並に。」

「なぜ、こんな夢を見たんでしょう……その方、今もお元気?」

「さあ、確かだいぶ前に結婚したとか聞いたが……」

「そう、あら、サイレン?何かしら?」

 

 サイレンが鳴っている、何で?

 「ハル!」

 肩をつかんで揺さぶられる。

 「ハル!敵だ!」

 その言葉に、ベッドから飛び起きる。

 薄暗い室内から人が走り出て行く。

 着たままでいた戦闘服のベルトを締め直し、ベッド脇に置いてあった銃を手に掴む。

 

 「ハル!隊長がお呼びだ!」

 部屋の入り口で叫ぶ男は、隊長の側近だ。

 「はい!」 

 

 通路を走りながら、さっき、何か夢を見ていたはず、と思う。

 幸せな夢だったような……

 いや、今はそれどころじゃない。

 今は。

 隊長のもとに、速く、速く、この足で。